2019年に大英博物館で開催された日本の漫画に関する展覧会では、アダルトなテーマも遠慮なく取り上げられました。特別展「The Citi exhibition ‘Manga’」でのことです。
この展覧会で最も驚いたのが、日本のBL(ボーイズラブ)が、海外でYaoi(やおい)と呼ばれて浸透していること。
萩尾望都さんの『ポーの一族』や竹宮惠子さんの『風と木の詩』が、若い男性同士の恋愛表現を盛り込んだ作品として展示されていました。
「BL」はなぜ日本から生まれたのか?
BLはアジア圏では主にボーイズラブ、ビーエルと呼ばれ、欧米では’ Yaoi(やおい)’と呼ばれるのが一般的です。これだけで明らかに日本から生まれた文化だとわかります。
ここでふと疑問に思うのは、LGBTQにはじまるセクシャルマイノリティに関しては欧米を中心とした海外の方が広まっていて法整備も盛んなのに、なぜ日本のカルチャーとして「BL(ボーイズラブ)」が海外に広まっているのかということ。
漫画展のキュレーターを務めたニコール・ラスマニエール氏は「BLは日本のマンガ文化のとても重要な一部です。うら若い男と男の愛が描かれるのが基本なんですけど、作家も読者も女だという点が面白いですよね」とインタビューで語っていました。
今でこそ性的な面が当たり前になったBLですが、日本で始まった当初、それらの作品は「性欲」ではなく「ロマンス」を中心として描かれてきました。美少年や麗しい麗人の耽美な物語に焦点があてられ、登場人物の”関係性”を丁寧に描写されていたのです。
なぜBLに女性が惹かれるのかについてはさまざまな説がありますが、一部の少女にとっては男性同士の恋愛だからこそ純粋なロマンスを感じられる、という側面があることは間違いないでしょう。
いまでこそ男性同士のエロティックな関係を特徴としている分野ではありますが、それ以上に読む人にとっては、ステレオタイプや社会的規範から解放され、安全にさまざまな性的アイデンティティを探求することを可能にした作品群であるということです。
「BL」が世界に与えた可能性
BLはアニメと同様に日本発祥の文化です。一般的には女性が描くもので、観客も女性ですが、最近では国内外問わず異性愛者の男性の読者を惹きつけることもあります。近年では腐男子と呼ばれる人々の存在が顕在化してきました。
これらの作品には「ファンタジックで心が痛くなるような作品」「感情に訴えかける繊細なストーリー」が多く存在します。性的なものは描かれていますが、実はあまり重要視されていないのです。
エロティックでありながら関係性を重視したこの日本の「BL」の特殊性が、ジェンダーやアイデンティティなど深刻な問題に取り組む現代で日の目を見たのは当然というような気がしました。
男性同士の恋愛=リアルな性的欲求と結びつけられる欧米から生まれなかったこと、それは決してゲイやバイセクシュアルの男性読者に向けて販売されているわけではなく、女性が”女としての性”を切り離して、耽美な世界を楽しむことができるカルチャーとして発展してきたからだと考えます。
展覧会で、大英博物館の館長であるハートウィグ・フィッシャー氏は「漫画が日本で最初に完成された現代のグラフィックアートであり、その物語を紡ぐ手法は今や世界中で愛されている」と評していました。漫画は「新しい国際的な視覚言語」だと。
日本社会はLGBTQに対する過渡期の真っ只中ですが、マイノリティの持つ葛藤や境遇に心を寄せる土壌は日本のBL漫画が最先端として世界に発信している文化でもあったのです。
日本で何世紀にもわたって築かれてきたBLは、大きな影響力を持って今後も海外で広がりをみせていくでしょう。